2017年の関心リスト

毎年恒例の、関心リスト。

旧作でよく聴いたのは、Beck「Morning Phase」、Jeff Beck「Wired」(Beck&Beck)、The Allman Brothers Band、なぜか、Jimi Hendrix。

The Pretty Reckless ft. Warren Haynes「Back to the River」
発売は去年だけど、抜群のかっこよさ。

Oz Noy『Who Gives a Funk』

Superorganism「Something For Your M.I.N.D.」

Liam Gallagher『As You Were』「For What It’s Worth」

マンチェスターでのテロに対するパフォーマンスもあった。

Gregg Allman『Southern Blood』「My Only True Friend」
Allman Brothers Bandは、一番聴いたバンドでもある。亡くなってしまって、残念。

Tedeschi Trucks Bandによる、グレッグ・オールマンを追悼する「Whipping Post」のカバー

Radiohead『OK Computer OKNOTOK 1997 2017』
『OK Computer』の20周年記念盤だけど、未発表曲「I Promise」が素敵。

Nataly Dawn『Make Believe 』

This is the kit「Magic spell」

NICK WATERHOUSE「TRACY」

Alfa Mist

Sugarpie And The Candymen「Come Together」

Stevie Wonder ft. Ariana Grande「Faith」

Kamasi Washington 『Harmony of Difference』

Mr Jukes「Somebody New」

Japanese Breakfast「The Body Is A Blade」

『The Last Waltz』40周年記念トリビュート公演

Ben Harper

Justus West

Larkin Poe 1
Larkin Poe 2

日本の曲で、一瞬でいいなと思ったのは
髭「もっとすげーすげー」

吉澤嘉代子「残ってる」

藤原さくら『PLAY』
ポンキッキーズのゆるい感じが、とてもツボ。

GLIM SPANKY『Bizarre Carnival』

Drop’s「新しい季節」

雨のパレード「Shoes」

Scarf & the SuspenderS「K.I.K.E」

Shiggy Jr. 「僕は雨のなか」

Hump Back「星丘公園」

iri「Night groove」

WONK『MONK’s Playhouse』「Cyberspace Love」

Chara「Tiny Dancer」

Fox Capcher Plan

PLAGUES『Free will』「Fool on the freeway」

PLAGUES『Free will』

羊文学『トンネルを抜けたら』

ドミコ「くじらの巣」
Charisma.com「意地 easy」

ライブで聴いた奇妙礼太郎はよかった。
奇妙礼太郎「君はセクシー 」

東中野のオープン前のアパートを使った、のん(能年玲奈)の写真展がよかった。
「藤代冥砂アパート写真展『東中野』主演 のん Presented by Robot Home」

新国立美術館のミュシャ展は、今年最高の入場者数というのも納得。

Tverで見たドラマでは、「下北沢ダイハード」「ぼくは麻里のなか」「ラブラブエイリアン」

2016年の関心リスト
2015年の関心リスト
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2005年の関心リスト
2004年の関心リスト

サイトの情報構造を整理するときの簡単な考え方

最近では、ウェブサイトを作るという作業も一般化しているので、制作を発注するクライアントの側でも、あらかじめサイトマップやワイヤーフレームを描いている場合が少なくありません。あるいは、既存のサイトがあってリニューアルするといった場合でも、制作の前提として、既存のサイト構造があることになります。このように、クライアントからサイト構造の提示があった場合に、制作側としてどんなことを考えるか、あまり複雑でない場合の、簡単な考え方について書いてみようと思います。

「コンテンツのカテゴリ」と「サイトの機能」を分ける

クライアントが描いたサイトマップやワイヤーフレームがある場合、まず一番に確認するのは、そこに描かれたリンクが、「コンテンツのカテゴリ」なのか、「サイトの機能」を提供するものなのかを、分けて考えることです。

「コンテンツのカテゴリ」というのは、サイトに訪れるユーザーが求めているコンテンツと考えることができます。一方、「サイトの機能」というのは、お問い合わせ先やQ&Aなど、サイトを見ていくうえで助けになるような情報や機能を指します。これらが混在していると、ユーザーがサイトに訪れた目的を達成しにくくなってしまいます。基本的なことですが、いったんこれを分けて考えることで、デザインするうえでも、整理して考えることができるようになります。

細かすぎる分類、深すぎる階層をチェックする

ウェブサイトのサービスを提供するクライアント側というのは、当然のことながら、サイトの全体像を知っています。知っているということは、メリットであり、デメリットでもあります。いったん知ってしまったことは、知らなかったことにはできません。内容を知っているほど、内容に即した、きちんとした分類をする、あるいは、してしまいます。そうすると、分類が細かすぎたり、階層が深すぎたりしてしまう傾向があるのです。

ところが、ユーザーがそのサイトに初めて訪れた時には、サイトの内容もよく知らないし、ましてや、サイトの構造・全体像など把握できてはいません。サイトのなかの情報は、ナビゲーションのラベルなどから判断することになります。

ユーザーにとっては「内容に即した、きちんとした分類」よりも、もっと「ふわっとした感覚で理解できる」ことが重要になる場合があります。論理的な思考も大切ですが、人間は常にキレキレに、論理的に考えているわけではないので、あまり深く考え込まなくてもわかるように整理し直す必要があるのです。

サイトを作るサイドとしては、こうしたクライアント側とユーザー側の間に立って、論理的に整理しつつも、感覚的な部分でもすんなりとわかるような形で、サイトの構造やラベリングを再考することで、後のデザイン作業がスムーズに進められるようになります。

もちろん、ウェブサイトはさまざまで、これだけ処理できない複雑なケースはたくさんありますが、「クライアント側で整理してくれたからそのままでいい」ということではなく、このくらいのことだけでも考えておくとよい場合があるように思います。

タッチデバイス・ネイティブのビジネス環境

今回のAppleの発表で、もう一つ興味深かったのは、iPadでファイル操作ができるようになるなど、タブレットとPCの境界が低くなっているという部分でした。
小さい頃からスマートフォンを使っている世代、あえていえば、「タッチデバイス・ネイティブ」な人たちが増えてくると、これまでPCを使ったほうが便利だと思われていた部分の作業でも、「なんで触れないの?」ということになる可能性があるかもしれません。

現在の情報機器による作業は、だいたい以下の3つの段階に分けられるように思います。

- Webの閲覧や、SNSへの投稿などの簡単なコミュニケーション
- 文書作成、プログラミング、画像編集、デザインなど
- 動画編集などのPCの負荷の高い作業

1番目は、PCからスマートフォンへの移行がすでに進んでいます。3番目の部分は、いつの時代にもあり、できるだけ速く処理できたほうが、ビジネス的には効率的ということになります。その部分が、今回のAppleの発表でいえば、iMacProなのでしょう。

2番目の部分というのが、現在のPCを利用するうえでのボリュームゾーンといえるわけですが、この部分は仕事として使うケースが多く、新規のユーザーが使えるようになるための導入コストもかかってきます。タッチデバイス・ネイティブな世代が多くなってくると、通常のPCよりもタブレットのほうが操作を覚えやすい、使いやすいということになる可能性があります。導入コストの低い、仕事で使えるタブレットという方向を考えているのかなと感じますし、実際に、企業で社員にタブレットを貸与しているケースも、よく聞くようになってきました。

これまでも、イラスト制作といった部分では、タッチデバイスが普及していましたが、その切り分けが、デザイン作業や文書作成全般にまで及んでくる可能性はあるかもしれません。文字情報の音声入力がさらに進むようになると、キーボードの重要性にも影響がでてくるでしょう。

今回のAppleの発表による、iPadでファイル操作ができるようになることなど、PCとタブレットの差を少なくしていくような方向性というのは、情報機器を使い分ける際の境界線を移動して、2番目のかなりの部分が、タブレット、あるいはタッチ操作で使えるデバイスに変わっていく可能性はあるように思います。

転換期の力、ネイティブの力

ツールというのは、登場した時の影響力と、それを子供の頃から使っている世代の影響力があるように感じています。

コンピュータが普及していく段階では、その転換期・黎明期にしかできない表現などもありました。それは例えばYMOのような表現となって表れ、それを後の時代に行おうとしても、その時代の熱のようなものは再現できません。

一方、子供の頃からコンピュータを使っていた世代というのは、転換期を経験していることとは別の価値観を思っているように思われます。子供の頃からPCに触れていた世代、ネットに触れていた世代が、今では、社会の重要な部分を担うようになってきています。

少し古いテレビドラマを見ても、スマートフォンの登場前後で、物語は大きく違っています。同じ筋書きでは語れないような変化が生じているのです。そうした大きな変化を、はじめから前提として育った世代が、どのような影響を受け、与えていくのかという部分には、関心を持って見てみたいと思います。

Apple HomePodからサウンドのAR(拡張現実)を妄想する

Appleが昨日発表した「HomePod」は、日本での発売はずいぶん先になりそうですが、その考え方自体に面白い部分があるように感じたので、妄想を含めて綴ってみようと思います。

Apple HomePod https://www.apple.com/homepod/

サウンド環境におけるHuman Centered Design

従来のステレオを基本としたオーディオシステムというのは、最適なリスニングポイントがあるので、物理的に人間を真ん中に置きながらも、機器のセッティングに人間が合わせるという意味では、Human Centered の対極という面もあったように思うんですね。

でも、現代の一般の人の音楽の聴き方って、1か所に座って聴くというよりも、生活のなかに自然と音楽があるというほうが多いでしょう。空間を検知して、空間にあわせて音楽を提供していくという考え方は、サウンド環境におけるHuman Centered Designと考えることもできるのではないかと思ったりしています。

こういうシステムができることで、音楽を作る際の音の定位という考え方も変わってくる可能性があります。部屋で音楽を聴く環境って、マニア向けにはさまざまな形で極められているようですが、一般向けには、Walkman→iPod→スマートフォンと変わってきたポータブルな音楽の聴き方の変化に比べて、大きな変化がなかったので、少し期待してしまうところがあります。

サウンドのAR

部屋の特性を解析するというところから一歩進んで考えてみると、コンボリューションリバーブのように空間特性のプロファイルを切り替えられたた面白いかなと思います。同じようなことを考えている記事もありますね。

実際の部屋鳴りがあるので、ヘッドフォンのようにはいかないとは思いますが、空間特性を切り替えることで、教会の音響、スタジアムの音響といったものを作り出したり、天井高を2倍にしたときの音響をシミュレーションしたり、バスケットボールのなかに入って聴いた音といったものも、ある程度は可能かもしれません。

これって、現実のなかに、現実ではない音響効果を持ち込むことともいえるわけで、「サウンドのAR(拡張現実)」といってもいいのではないかと思ったりしています。これってもっと極端にすれば、マイクで周囲の音を拾って、現実の足音や話し声に、仮想の空間にあわせた残響を加えて、現実の空間に混ぜていくなんてこともできるかもしれない。しかも音楽の音は相殺してハウリングしないようにしつつ。そんなこと妄想してしまう発表でした。

源ノ明朝・源ノ角ゴシックを主要OSにインストールしてほしい

4月10日がフォントの日になったということで、源ノ明朝という新しいフォントの発表もありました(写真はAdobeの発表イベントの会場展示)。1ヶ月もたってしまいましたが、「マツコの知らない世界」という人気テレビ番組でフォントが取り上げられたという、フォントの世界としては珍しいイベントにあわせて、源ノ明朝が登場したことの意義について書いてみます。

ファミリーをもったフォントの重要性

源ノ明朝の登場というのは、単に新しいフォントが一つ生まれたというだけではない意義を持っていると感じています。日中韓対応に対応しているというのも大きな特長の一つですが、2014年に登場した源ノ角ゴシックとあわせて、明朝とゴシック、それぞれ7つのウェイトをもったフォントが、誰でも無料に使えるオープンソースとしてリリースされたことはとても重要です。しかも、フォントのデザインも癖が少なく、使いやすいデザインです。

ある程度の段階のウエイトが揃ったファミリーとして構成されていて、明朝とゴシックがあるということは、情報を文字で表現するうえでは極めて重要なことで、情報の強弱をつけたり、情報の位置づけの違いを表現することが可能になります。日本で文字情報を扱う機器として最大のシェアを持ち続けてきたWindowsの日本語環境に、ファミリーという概念でフォントを構成するという考えがなかったことは、非常に大きな損失でした。日々文書を作っている人たちに、美しいフォントを有効に使って情報を効率的に伝えるという環境が与えられていませんでした。

統一されていない日本のフォント環境

現在、日本の文字を最も多く扱っているのは、PCやスマートフォンといったデジタルデバイスです。こうしたデバイス間で情報を受け渡すとき、それぞれのOSで標準でインストールされているフォントが異なり、ユーザー自身が自分でフォントをインストールしなければ、同じ体裁でのやりとりはできません。2017年にもなって、日本語のフォント環境は統一されていないのです。違うOSのデバイスで見ると、文字のデザインが異なるだけでなく、文字がスペースからはみ出てしまったりということが、普通に起きています。

一般の人にこそ使ってもらいたい

源ノ明朝・源ノ角ゴシックは、デザイナーではない一般の人にこそ使ってもらいたい、インストールしておいてほしいフォントだと思います。プロのデザイナーが印刷物を作るのであれば、フォントを購入したり、契約したりすればよいのですが、デジタルで情報をやりとりするときには、情報を見る人のデバイスにフォントがインストールされている必要があるので、誰でも無料で使えるということはとても重要になります。

個性的な表現をしたい部分では、有料のフォントを使えばよいですし、WebであればWebフォントも使えます。しかし、標準的な部分で、このフォントを使っておけば、どんな環境でも正しく見ることができると安心できるものがひとつでも存在すれば、日本語の情報環境の基盤として機能するようになります。
フォントの使い方は、それぞれ個性があってよいのですが、情報を共有するうえでベースとできるようなフォントが存在するということは極めて重要な意義を持ちます。

ぜひ主要OSにインストールしてほしい

オープンソースのフォントとして、源ノ明朝・源ノ角ゴシックという、日本語の統一的なフォント環境を作るベースはできたのです。次は、だれにでも簡単に使えるように普及することです。

フォントをインストールするというのは、デザイナーには簡単なことでも、一般の人には少し敷居の高い作業です。現段階での主要なOSであるWindows、Mac OS、iOS、Androidに標準であらかじめインストールされるようになれば、日本語の情報を受け渡すうえで、安心感のある環境ができあがります。GoogleのAndroidは順次インストールされていくでしょうが、他のOSでもぜひ検討してほしいと思いますし、ユーザーの側からも、声をあげていけたらと思っています。

企業とデザイナーとの関わり方

セミナーなどで、デザインを発注する立場の方々の話を聞くことがよくあります。そこで感じるのは、デザインを発注することのむずかしさです。自分自身も、デザインを発注する側の立場にいたこともあり、またデザインの仕事を受ける立場として活動もしているので、その両者の気持ちはよくわかります。そこで、企業とデザイナーとの関わりについて、考えてみようと思います。

デザイナーを抱えていない企業にとって、デザイナーとどのような関わり方をするかというのは、極めて重要な問題になっています。海外では、デザイン会社の買収のニュースが報じられることが多くなっていますが、これは、企業とデザイナーの関わり方の変化の表れであるように思います。

「専門的技術者としてのデザイナー」であれば、企業の内部に存在する意味は、それほどはないかもしれません。決められたことを、できるだけ伝わりやすく、美しく表現するというだけであれば、限られた情報でも可能であり、日常的に多様なクライアントの仕事をこなしているということが、デザイン的な多様性や発想の豊かさを生むうえで、メリットになることも多いです。

ですが、外部のデザイナーに発注するためには、当然のことながらコストがかかります。したがって、仕事が確実に発生するという目処がないと、なかなか仕事のスタートラインに立つことができません。ところが、仕事がほぼ確実に発注できると決まった段階では、企画の大枠が決まってしまっているということも少なくないのです。

ビジネス的な企画で最も重要なのは、その初期段階の方向付けであることが多いものです。デザイナーを内部にもつことによって、仕事になるかどうかわからないような段階から、デザイン的な考え方を取り込むことができるようになります。デザイン的な発想を初期段階から、そしてより包括的に必要とされてきているということが、デザイナーを内部に持ちたいということの一つの原因であるように思います。

ただ、すべての企業にできることではないですし、やり方しだいでは、それぞれの企業にあった方法は考えうるだろうと思います。もちろん、実現の可能性の少ない案件ばかりを持ち込まれてしまっては、デザイナーの側も困ってしまうのですが、ディレクションの上手い人というのは、実にいいタイミングで人を巻き込むんですね。いつ、どんな情報を提供して人を巻き込むか、そこがとても重要なんです。

もちろん、そのためには、それ以前に信頼関係ができていることが必要です。それはクラウドソーシングではできない部分です。デザインを発注して、成果物を納品するというだけの関係ではなく、適切なギブ・アンド・テイクを設計したうえで、デザイナーとの関係を、ホームドクターのような関係として築いていくことは、一部の大企業だけでなく、もっと多くの企業で、可能なのではないかと思っていますし、それが必要な状況になってきていると感じています。

2016年の関心リスト

去年から引き続いて、藤原さくらは素晴らしい。「かわいい」は本当にいい曲。今年のはじめの頃、一番よく聴いた。ドラマ、しかも月9のヒロインでどうなるのかと心配したけど、演技も予想以上に良かったし、ドラマのなかの歌のシーンは素晴らしかった。ストーリーはともかく、音楽ドラマとしては、これまでにないものになるのではと期待したのだが、視聴率の停滞とともに、音楽のシーンが減っていき、ストーリーも混乱していってしまった。とはいえ、知名度は圧倒的に高まったようだし、今後の活動のプラスには十分になったと思う。これからも、期待したい。

predawn「Universal Mind」
どうしても気になってしまう雰囲気。

Nakamura Emi「YAMABIKO」
デビュー前のライブを見ていたけど、デビューして、大化けした。日本で、女性のラップ自体珍しいし、リリックに個性がある。

Drop’s「ドーナツ」

赤い公園「黄色い花」
赤い公園の黄色い花という秀逸なタイトル。ポップで素敵。

黒木渚「ふざけんな」

GLIM SPANKY「ワイルド・サイドを行け」
クオリティの高い曲を作り続けていて感心する。

EGO-WRAPPIN’ 「サニーサイドメロディー」

Homecomings “DON’T WORRY BOYS”

山﨑彩音「朝の唄」
ラジオで聴いて、可能性を感じた。

石若駿「CLEANUP」

Norah Jones “Day Breaks”
アルバム全体として、これがノラ・ジョーンズだよなという感じのクオリティと質感だった。

Corinne Bailey Rae “The Heart Speaks In Whispers”
ひさしぶりなのに、さすがとしかいいようがない。

Izzy Bizu “A Moment of Madness”

Lake Street Dive “Side Pony”

Gregory Porter “Take Me To The Alley”

Miles Davis & Robert Glasper
“Everything’s Beautiful”

Robert Glasper Experiment “ArtScience”

Macklemore & Ryan Lewis “ This Unruly Mess I’ve Made”

TRIGGER HIPPY “Tennessee Mud”

David Bowie “Blackstar”
最期まで前に進む気持ちを感じさせてくれた。

Eric Clapton “I Still Do”

Rolling Stones “Blue & Lonesome”
ミック・ジャガーのブルース・ハープがいい。ギターやブルース・ハープを弾きながら聴くのがいいアルバム。

John Scofield “Country For Old Men”
カントリーに行ってしまった。

Steven Tyler “We’re All Somebody From Somewhere”
かなりいいのに、あまり話題になっていないのが残念。

Laura Cox “Sweet Home Alabama”
YouTubeコンテンツだけど、これはかっこいい。

実は、今年一番聴いたのは、テデスキー・トラックス・バンドの武道館の音源。テデスキー・トラックス・バンドの場合は、オフィシャル公認音源らしい。素晴らしい。

Tedeschi Trucks Band Live at Budokan on 2016-04-01

G.Loveのソロライブも、大人になったG.Loveが感じられて、パフォーマンスもとてもよかった。

Caravanの日比谷野音も、音楽は良かったんだけど、天気が悪かった。さいたま新都心のフリーライブの、ゆったりとした感じがとても好きだった。

今年は、TVerのおかげで、ひさしぶりにドラマを見た。藤原さくらの「ラヴソング」、「重版出来」、「校閲ガール」「逃げるは恥だが役に立つ」。編集・校閲といった分野がドラマになったのは興味深い。身近な内容で、楽しめた。逃げるは恥だが役に立つは、チェコのことわざとのことだけど、日本人には特に重要なことかもしれない。

自分については、執筆系の仕事など、なかなか進まないことも多く、つらい部分はあったのだが、ライブ的なことが多かった。2月の宮崎青島のイベント、4月の美術史セミナー、6月のスクー、12月のFONTPLUSのセミナーなど、どれもとても楽しくできた。それに加えて、音楽のほうでも、春と秋に神宮前2丁目でストリートライブ、東京体育館、池袋のプロジェクトFUKUSHIMAとさいたまトリエンナーレでの大友良英さんのワークショップ&ライブなど、とりあえず場数を踏むことができて、人前でも楽しんで演奏することができるようになってきたように思う。

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一枚絵によるプレゼンスタイル

FONTPLUS DAYセミナーで、一枚絵によるプレゼンに対するご意見・ご感想をいただきました。Distのときも同様のスタイルだったのでこちらをリンクしておくと(Distの資料)、こんなプレゼン資料を作って、グリグリと拡大縮小・スクロールしながらプレゼンするというスタイルで進めました。

昔から、パワーポイント型のプレゼンスタイルというものに疑問を持っていて、Schooの授業のときも、実物の書籍や雑誌を持ち込んだり、古くはWebSig1日学校では、キーワードを紙に書いて、それを散りばめながら進めたりしていました。なんとか、パワーポイント型から逃れようとしていたりするんです。

Schooの授業
WebSig1日学校の写真のまとめ

パワーポイント型の資料は、どうしても1ページが1つの情報になってしまい、それを理解するという意味ではよいのですが、個々の情報と全体との関係が見えにくくなってしまいがちです。生身の人間がそこで話すというのは、情報の羅列ではなくて、全体として伝えたいことがあって、それを伝えるという部分が一番大切ではないかと思っているのです。

セミナーの参加者は、セミナーの時間中、資料を目にしながら様々なことを考えます。そのなかで、無意識のうちに全体像を目にすることで、さまざま項目同士の関係を自然と考え、そこに書き込んだりして、自分なりの全体として一つの絵・ヴィジョンが描けるのではないかと思い、最近この一枚絵型のプレゼン資料を試しています。

また、スクロールとか拡大縮小というのは、デジタル的ではないんですよね。1ページ、2ページと切り替わるのではなく、「このくらい」という微妙な要素が入ってくるというので、ライブとしてのインプロビゼーション的な要素になります。用意したものを再現するのではなく、「今そこで出来事が生まれている感じ」というのがでるのではないかなと思うんです。今回「蟹」がでてくるとは思わなかったけど、そういう面も含めて。ビジネスプレゼンではまずいので、今回のようなオープンな回に限られますけど。

とはいえ、やってみると結構たいへんではあります。パワーポイント型は、スライドを進めることによって内容的に漏れなどもなくなり、時間配分的にもペースがつかめます。こうしたスタイルが普及している意味が、他のやり方を試してみると実感できてしまいます。

ということなので、こうしたスタイルが広く普及することはないかなと思ってはいますが、もう少し、このスタイルを試してみようかなと、今のところは思っています。

FONTPLUS DAYセミナーVol. 5[Webにおけるタイポグラフィ]でお話しました

先日、12月8日、FONTPLUS DAYセミナー Vol. 5[Webにおけるタイポグラフィ]でお話させていただきました。

師走ですし、派手なテーマというわけでもないので、それほどは集まらないだろうと思っていたのですが、募集をはじめてみると、1日以内で定員に達してしまい、かなりの驚きと、どういう内容を期待されているんだろうというプレッシャーを感じてしまいました。内容につきましては、下記のブログ記事やTwitterのまとめでご覧いただけます。テーマは、「おいしいごはん」です(笑)。

こう言っては、来ていただいた方に失礼かもしれませんが、話すことによって整理されてきたこともありますので、このあたりのことについて興味がありましたら、声をかけてみてください。

わかりやすくまとめていただいたブログ記事
FONTPLUS DAYセミナー Vol. 5[Webにおけるタイポグラフィ]に行ってきました。
Togetterのまとめ
connpassのイベント概要
FONTPLUSさんのサイトでのイベント告知

■補足資料

●Webフォントの普及

LINE BLOGの書体見本

●Vertical Rhythmの考え方に関する記事

「なぜタイポグラフィにおいてVertical Rhythm(バーティカルリズム)は重要な手法なのか?」
「脳に優しいデザインを!「Vertical Rhythm」の基本と実現方法」

●エディトリアルデザイン

エディトリアル的なWebデザインについても語っているインタビュー記事
「美大の先生に聞いてみよう!イマドキのデザイン教育(第二弾)〜佐藤好彦氏にきく〜」

Webデザインがエディトリアル的になっていることを指摘するブログ記事
同じ方向性のことを考えている人がいるんだと勇気づけられました。
「デザインの「枯れ」とコンプレクション・リダクション」

●行の高さをremにする

行の高さをremにする話のブログ記事
Distの5分の映像「lineheightから組み立てる書籍的Webレイアウト」
Distの資料

●字詰め

Webにおける日本語の文字詰めに関する詳細な記事
「文字詰めできるCSSのfont-feature-settingsが凄い!
 日本語フォントこそ指定したい自動カーニング」

「FONTPLUS|文字詰め機能Kerning文字詰め機能」

Adobe AnimateのCanvas書き出し

Adobe AnimateのCanvas書き出しでFlash的なコンテンツを作ろうとした場合、CreateJSに関する情報は数多くありますが、ちょっと工夫しないと、そのままでは動かないことが多いです。以下、Flashの製作者がAnimateのCanvas書き出しを行なう時に注意するべき点を、備忘録としてあげておきます。

Flashでは、タイムラインごとに変数が共有されていましたが、Canvasでは、フレームごとにfunctionのなかに記述されるので、変数はフレームごとになります。

また、Flashではタイムラインでステージに配置するなどした段階で、インスタンスが生まれて、配置したフレームが終わってステージから消えるといったん終了していたと思います。なので、もう一度配置したフレームにもどると、改めてインスタンスが生まれて、
タイムラインで指定したように配置されます。ところがCanvasでは、インスタンスが残り続けます。

例えば、ムービークリップのインスタンス「mc」を、フレーム10のタイムラインのプロパティでx座標が100の位置に配置したとします。これをスクリプトでx座標を200の位置に変更します。いったん「mc」が画面から消えて、再び、フレーム10に戻ってきたとき、これまでのFlashでは、タイムラインでの指定通り、x座標100の位置に配置されます。

ところが、Canvasでは、以前スクリプトで位置変更した情報が残っていて、x座標200の位置に配置されます。つまり、インスタンスの情報をスクリプトで変更すると、画面からインスタンスがいったん消えても、最後に変更した状態が残ってしまうのです。これはゲームなどでは、ゲームが終了した時の状態が残ってしまって、位置なども含めて、スクリプトで初期化を行わないといけなくなります。

このインスタンスが残るということは、イベントリスナーも残るということになります。addEventListenerを使うと、同じフレームにくるたびに、イベントリスナーが追加されることになります。on/offの切り替えといった場合には、addEventListenerがダブると機能しなくなるのでListenerの状況を確認してコントロールすることが必要です。

その他、こちらも御覧ください。
http://yoshihiko.com/Blog/20160211-5038.html

Animate自体、使い方によっては、かなりの可能性を持っていると思いますが、「Flashのような操作でCanvasの書き出しができる」というだけでなく、Flash(ActionScript)と違っている点は、きちんと情報を公表すればいいのにと強く思います。やっぱり、基本的に、Flash的なものは好きなんですよね。こういう部分がWebに残って欲しいです。

実際に業務で制作してみて、多少ノウハウはたまってきたので、そのあたりのご相談などありましたらお問い合わせください。