2ヶ月

良いことと悪いこと、
うれしいことと、つらいことが
一度に押し寄せてきた2ヶ月だった。
この2ヶ月のことを、
忘れることはないと思う。

幽霊坂

図書館で、「タモリのTOKYO坂道美学入門」を借りる。
目白台のあの坂は幽霊坂というのか。
ときどき夢に見るくらい好き。
というか、あの光景のほうが夢だったのかも
と思えてくる。

連休明けの締切

世間では成人の日らしい。
連載の原稿書き。
締め切りを連休明けにしてくれたのは、
本当にありがたい。
本当にありがたいのだけど、
これで原稿が遅れると、
いかにもさぼっていたような
感じになってしまう。

ドームハウス

代官山にドームハウスを見に行く。
暖炉を使った料理の実演のイベントが開かれていた。
代官山までは、渋谷からバスでいったのだけど、
バスに乗っていると、渋谷が「谷」であることを実感する。

年賀状

今頃になって年賀状がまとめてくる。
どこかで止まっていたのか?
今年はさぼってしまったのだけど、
ちょっと、困った。

「見ない」ものを見る

周囲は、少しずつ動き始めている。

デイリーポータルの
「「見ない」ものを見る」の写真がとてもいい。

正面から撮った団地の写真
とか
「全長100メートルの深海魚」は美しく、
「ツインコリダーを見よ」では気が遠くなるほどだ。
「地下鉄ホームの曲線美」
「千葉港キリンめぐり」
キリンもいいけど、工場がもっと魅力的。
「ダンメンを鑑賞する」
の馬鹿っぽさも素敵。

ハチクロ

途中まで読んで止まっていた
ハチクロを読む。
はじめの頃はギャグとシリアスのバランスが
しっくりきていなかったように思うのだが、
6-7巻あたりから、良くなってきた。
自転車の旅のあたりがいい。
復讐とか、大けがとか
「大きな物語」がなくてもよかったのに。

寿司初め

着物を着て、山嘉で寿司。
久しぶりに日本酒を飲む。
ひれ酒というのは、
普通の日本酒よりも酔う感じがする。
心地よく帰宅。

静かな元日

静かな元日。
天皇杯は一方的なガンバペースでありながら
0-0で前半を終わった頃から、
浦和が勝ちそうな雰囲気。
その通りの結末になる。

新年の目標というほどのことを
掲げたいとは思わない。
ただ、耳をすまして聴き、
心をすまして、見つめよう。

いい年でありますように

大晦日、DJ Korbyを聞く。
2006年の小林克也セレクションは
面白い、いい選曲だった。

今年は厄年だったのだが、
本当につらい年だった。
迷信を信じる方ではないけれど、
精神的、肉体的、社会的に
難しい時期であるということなのだろう。
生きていくことがつらいと
はじめて思った。
そして、それは生活習慣病が
自分が生きてきた生活に対する
見返りであるように、
自分そのものに対する
見返りなのだと思う。
来年は、ほんの少しでも、
いい年でありますように。

今年の関心リスト

毎年恒例の今年の関心リスト。

音楽では、
Caravan「Wander Around」
Puffy Ami 「Splurge」
YUKI「Wave」
Cornelius「Music」(「Sensuous」)
Bent Fabric「Jukebox」
RIP SLYME「Hot chocolate」(「EPOCH」)
KT Tunstall「I to the Telescope」
G Love「レモネード」
ohana「オハナ百景」
サディスティック・ミカ・バンド「Big-Bang,Bang!」
木村カエラ「Magic Music」
Tommy Hevenly「Lollipop Candy BAD girl」
rei harakami 「わすれもの」
スガ・シカオ「PARADE」

音楽では、今年の新作で一番よく聴いたのはCaravan。
これに続くのが、Puffy Ami Yumi、YUKI。
Puffyのアルバムは、アルバム全体にとても勢いがあった。
YUKIの「あおぞら」と「ふがいないや」はいい。
コーネリアスの「MUSIC」は素晴らしいと思った。
一曲だけ選ぶならこれ。
サディスティックミカバンドは、アルバムは力抜き過ぎだが、
付録のDVDはとてもよかった。
PVでは、RIP SLIMEのホットチョコレート。
Napsterのおかげで、
洋楽の新譜はいつもより多く聴いたと思うが、
一番よかったのはBent Fabric。
クラプトン&J.J.Caleは手堅い出来。
パリス・ヒルトンが意外によかった。
G-Loveは、第一印象は悪かったが、
聴いているうちに、いいかもと思うようになってきた。
プリンス、BECKともに新作はつまらなかった。
ロックではOasis。アンチU2は相変わらず。
Napsterで古いブルースを聴くようになった。
JazzではBill Evens。「Undercurrent」をよく聴いた。

Amazon.co.jpの輸入版ランキングで、
「Undercurrent」が10位になっていて驚く。
20位以内にBill Evensが3枚入っている。
確かに、最近いろいろな所でBill Evensをよく聴く。
なかでも、「Waltz for Debby 」とかではなく、
「Undercurrent」が一番順位が高いというのが
興味深い。

映画では、試写会で見た
「ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男」。
名作とはいえないが、佳作。音楽好きにはよい。
旧作では「ロング・エンゲージメント」が
映画の力というものを感じさせてくれた。
ほかに印象に残ったのは「ロスト イン ラ・マンチャ」、
「エターナル・サンシャイン」。
シュヴァンク・マイエルの新作も
アタゴオルの映画版も、木更津キャッツアイの劇場版も
まだ見ていない。

美術展は東博および三の丸尚蔵館の若冲かな。
今年はあまり美術を見ていない。
ここ数年でおそらく一番少ない。

落語は結構見た。
印象的だったのは
三遊亭好二郎「靴の箱」
鈴々舎わか馬「鷺とり」
三遊亭喬太郎「竹の水仙」
三遊亭歌彦「子別れ」

デジタルカメラでは、
Panasonic LUMIX DMC-TZ1を買った。
一般的な評価は高くないが、
望遠の倍率も高く、使いやすく、画質もよい。
肝心の時に故障したことをのぞけば、
普通にいいカメラだと思う。

来年の展望

まだ、やらなければならないことはあるのだが、
完全に集中力がない。
すこし、仕事場の片付けなどをする。
年賀状はあきらめる。

来年はWindows Vistaがでて、
IE7が普及していくことになると思うが、
面白いと思っているのは、ワイヤレスUSB。
これによって、本体がどこにあるかということは
問題にならなくなる。
ワイヤレスUSBが普及すると
パソコンという物体の概念が変わる可能性がある。

ブロガー

ヨーロッパでブロガーが多いのは
フランス、イタリア、スペインなのだそうだ。
意外にラテン系が多いということだ。
確か、fotologもブラジル人が多かった。
表現する欲求が強いのか。

Parallels

少し前にParallelsからBootCampのWindowsを
起動できればいいのにと書いたのだが、
なんと、あっという間に実現した。
やはり、考えていることは同じなのだ。

さっそく試してみると、
今のところ、問題なく動いている。
これで、本格的にWindowsを使うときは再起動し、
ちょっと使うときはParallelsから使える。
Parallelsでは、デスクトップを隠して、
Macとシームレスにアプリケーションを表示できる。
データの読み書きも問題ない。
ソフトやフォント環境も統一できる。
MacBookPro メモリ2GBでは、
速度も問題を感じない。
やっと理想的な作業環境ができた。

ただ、一つ問題なのは、
Napsterを立ち上げるためだけに
Windowsを立ち上げたくないこと。
Napsterに早くMac版を出して欲しい。

ここまで出来がよくなってしまうと、
Leopardの発売前に、
Appleに買収される可能性が高いのではないだろうか。

物語

WebCreatorsの見本誌が届く。
今月の連載はこんな感じ
透明PNGを使っているので
IE7かFirefox、Safariで見て欲しい。
バイオリンを撮影して使っている。
片手で持って、片手で撮影している。

イブの沢木耕太郎の番組で、物語を募集していたが、
沢木氏自身、かなり予想外な結果で、
長編が多く、よい短編は少なかったようだ。

まず、沢木耕太郎が募集することで、
必要以上に力が入ってしまったということがあるだろう。

また、収まりのよく出来上がった物語を書くよりも、
短いちょっとしたシーンのなかに
背後の物語を感じさせるといった表現のほうが
日本人に向いているのではないかと思う。
そういう意味では、
いつも紹介される普通のメールのほうが、
むしろ物語を感じさせてくれていたと思う。

今の日本のラジオに、
短編の物語を聞かせる番組は少なく、
よい例に触れていないということも大きい。
やはり、ものづくりというのは、
よい作品に触れることによって、
作品の質が高まっていく。

また、物語を書きたいと思う人の多くが、
むしろ語りきることができないがゆえに、
語りたいという欲求を抱いているのではないか
ということを思ってしまう。
それは、まさに先日の山陽さんにも
あてはまってしまう。

とはいえ、タイム誌のPerson of the Yearが
「YOU」であったように、
CGM的な企画であったともいえ、
沢木氏のジャーナリスト的な時代感覚が
表れていたようには思う。

テレビを見ていて、
誰かがこのテレビを見ているんだ
とはほとんど思わない。
でも、ラジオを聞いていると、
同じ瞬間に、いろんな所で聞いている人がいるんだ
と感じてしまう。
この感覚は何なのだろう。

理屈を超えた表現を

紀伊国屋ホールの神田山陽独演会にいく。
イタリアから帰ってきて、
パワーアップした山陽さんを期待していたが、
完全に期待を裏切られた。
さすがに、所々では笑わせてくれるが、
話が壮大な割に、退屈で眠くなる。
古くさい講談と遊民社の芝居のような展開。
BGMなんていらないのにと思った。
やりたいことは理解できるが、
それで話を引っ張っていくだけの
技術とパワーに欠けていた。
また、滑舌が命の講談なのに、噛むことが多く
明らかに調子が悪そうだった。

話自体からは感じる所はなかったが、
こうした話をしないではいられなかった
山陽さんの気持ちには、深く考えさせられる。

イタリアで、
その話は現代の社会にどんなメッセージを送っているのか、
というようなことを問われて、考えさせられたようだ。
西洋人の言語化欲求には、功罪があると思う。
そもそも言葉で明確にできるようなことなら、
ストレートにそれを語ればよいのだ。
ビジュアルやパフォーマンスにする必要はない。
言葉で語れることを超えたいからこそ、
そうした表現に携わっているはずだ。
青島幸男の
「努力しても無理矢理にでも軽く生きなくちゃいけない」
という言葉を、また思い出す。

デザインでも、すべてに意味がなくてはいけないとか、
意味があるから素晴らしいとかいう奴は多い。
それは、とても低いレベルの話であって、
一つひとつに意味がくっついているからって
デザインが素晴らしいわけがないじゃないか。
馬鹿者め。
(と、つい別の方向に気持ちがはいってしまった。)

表現を続けていく以上、悩むのは仕方がない。
でも、悩んだときこそ、基礎の技術に立ち返って、
シンプルに体を動かした方がいい。
内容的に悩んで、技術がおろそかになっては意味がない。
どんなジャンルでも、Artの基本は技術だ。
そして、また笑い飛ばせるパフォーマンスを見たいと
期待している。山陽さんの夢のある話は大好きなのだ。
どんな理屈よりも、笑いの方が強い。

帰りの新宿の街は、
クリスマスからお正月へ
一斉に切り替わっていくところで、
あちこちで、飾りをはずしていた。
クリスマスといっても、
忙しく働いている人はたくさんいる。

静かな時間

クリスマスイブ。
とても基本的なことだが、
イブは「evening」の略のはず。
「元旦」は元日の朝のことなので、
「元旦の夕方」というのはおかしいのと同様に、
「クリスマスイブの朝」っておかしい。

DJ KorbyはR&B特集。
ふだんR&Bはそれほど聴かないが、
J-waveの他の番組よりも
音質が良い感じで、心にしみる。
音楽にあわせて、
昔のアメリカのニュースを読んでいた。

そのなかに、ケネディ暗殺のニュースもあった。
ケネディが撃たれたとき、
ジャクリーン夫人は、飛び散った脳を思わず拾う。
自分も撃たれる可能性はあったのだし、
それが何のためにもならないのは明らかなのだが、
人間というのは、時に理性を超える。
ジャクリーンはその手の感覚を
おそらく一生忘れなかっただろうし、
脳はそのときもまだ、思考を続けていたのではないか
などと思ってしまう。

夜には、いつものように沢木耕太郎の
ミッドナイト・エクスプレスを聴く。
もう10年目になるそうだ。
静寂よりも、静かな時間。

マグロの解体ショーで日本を満喫

日刊スポーツ配信のYahooのニュースによると
「米女優パリス・ヒルトン(25)が22日、東京・渋谷での「モトローラ製新携帯端末の発売記念イベント」と、東京・築地での「同祝賀パーティー」に出席した。8月以来2度目の来日。築地本願寺の中庭にはピンク一色の巨大なクラブルームが設営され、パリスは鏡開きやマグロの解体ショーと日本を満喫。」

・携帯端末の発売イベント
・築地本願寺
・ピンク一色の巨大なクラブルーム
・鏡開き
・マグロの解体ショー

言葉のつながりがまったくわからない。
マグロの解体ショーで日本を満喫しちゃうの?
文章もひどいけど、
そもそも訳のわからないイベントだったのだろう。
パリス・ヒルトンの訳のわからなさって超越している。