エンブレム騒動のデザイン的側面(1) インターナショナルスタイルとしてのフラットデザインとその限界

9月2日に開かれた「hireLink vol.4 簡単そうでむずかしい!「シンプルなデザイン」の裏側」というイベントでお話したことも含むのですが、オリンピックのエンブレム騒動とフラットデザインの関わりを書いてみます。長くなってしまったので、連載になります。

今回のエンブレム騒動とフラットデザインを関連づけている「オリンピックエンブレム騒動 「世界標準」デザインの敗北」
というブログの記事がありました。これはとても興味深く、また妥当な考え方だと思うのですが、コメント欄を見るとあまり理解されていないようでした。

現在、なにかをプロモーションしようとしたら、さまざまなメディアを組み合わせて行うことが当たり前になっています。なかでも欠かせないのがウェブです。ウェブをまったく使わないプロモーションというのは考えられません。多メディア展開で重要なのは、それらが一つの方向性をもっていること、統一感です。デザイン的にも、バラバラな印象にならないことが重要です。では、どういう方向に統一していくかとなったときに、ウェブの世界のデザインの傾向、流行は無視することができないということは、理解できると思います。もっとも身近なツールになってきているスマートフォンのなかの視覚的世界は、もっとも見慣れたデザインであり、デザイン的な流行もそこから生まれてくることが、これからますます多くなっていくでしょう。

今回のエンブレムが選ばれる過程でも、現在を象徴するデザインとしては、フラットデザイン的な方向性は無視できなかったであろうと思われます。どこまで意識しているかは、デザイナーによって異なるでしょうけれど、装飾過多なデザインや、グラデーションを使って立体感や輝きを強調したデザインを時代遅れのように感じる感性は、おそらく多くのデザイナーに共有されていたのではないでしょうか。

フラットデザインの流れのなかで、現実のものの形をメタファーとするスキューモーフィズム的な表現を避けるという傾向があります。これまでのユーザーインタフェースは、現実のモノに例えることで、わかりやすさに到達しようとしていました。何か捨てるならゴミ箱のアイコンというように。しかし、写真を撮るのも、メモを書くのもスマホという時代になると、カメラやメモ帳といったアイコンが、はたしてわかりやすいのかという問題になります。社会の変化によって、メタファーになりうるものは変わるのです。そうした流れから、アイコンなども抽象的な表現が多くなってきています。今回のエンブレムで使われたような、抽象的な図形によるデザイン構成は、フラットデザインを中心とする現在のデザインの流れのなかでは、当然考えられる方向性だといえます。これから2020年に向けてのデザインを考えたときに、こうした方向性をもったデザインを考えるのは、理にかなっているといえます。

また、このフラットデザインというデザインの傾向は、Apple、Google、Microsoftなど、世界規模の企業が、なんらかの形で(言葉としての表現方法は違うとしても)取り入れているものです。世界共通のデザインの流れといってよいでしょう。

同じようなデザインが世界的に流行したことがあります。一つは建築、外面をガラスで覆われた立方体のビルディング。西新宿の高層ビルなどでよく見かけます。こうしたビルは、世界のどこにいっても見ることができます。こうした建築の様式をインターナショナルスタイルといいます。もう一つは、文字を表現するタイポグラフィの世界で、スイスから生まれたあまり装飾がなく、シンプルで、相互の要素のバランスによって美しさを生み出すようなタイポグラフィが世界に広まって、インターナショナルスタイルと呼ばれるようになりました。

建築のインターナショナル・スタイル
タイポグラフィーのインターナショナル・スタイル

著書『フラットデザインの基本ルール』のなかで、フラットデザインは、タイポグラフィや建築におけるインターナショナルスタイルとならんで、UIにおけるインターナショナルスタイルなのではないかということを書きました。具象的な装飾には、地域性があります。たとえば服のデザインは、民族衣装を考えた時に、機能としての服というのは、それほど違いはありません。しかし、色や柄、アクセサリーなど、装飾的な部分では、民族ごとに大きな違いがあります。装飾性を排除したデザインは、民族的な差異の影響を受けにくく、世界中で同じように使われるようになります。世界で同じデザインの商品を販売するファストファッションには、こうしたものが多いように思います。世界を活動範囲とするグローバルな企業には適したデザインと言えるでしょう。

こうした、インターナショナル・スタイルとしてのフラットデザインが、オリンピックのためのデザインを考えるうえで、考慮されないはずがありません。先にあげたブログの「世界標準のデザイン」という表現には、このような背景があるのです。(詳しくは、『フラットデザインの基本ルール』をお読みください。[宣伝])そういった背景を考えない、フラットデザインを表層的な流行としか考えていない人たちが、ご紹介したブログ記事のコメント欄で馬鹿にしたり、汚い言葉で叩いているのと見ると、情けなくなります。逆に言えば、フラットデザインがどのように認識されているかを見ることができるとも言えます。

でも、今回の騒動で思ったのは、日本人のなかには、フラットデザイン的なものが好きではない、理解できないという人の割合がかなり高いのではないかということです。世界から見た日本人のイメージは、Zenのような、シンプルで余白があってと、知的に構成された、抑制された美を好むように思われているように思います。ところが、実際の今の日本人は、Lineのスタンプが好きだったり、シンプルなiPhoneに色々つけてデコるのが好きだったり、どちらかというと、モノの形大好き、テクスチャー大好きなのではないか。今回のエンブレムが、純粋にデザインとして嫌われたのは、そういう影響もあるのではないかと思うのです。(続く)