ミニマリズムをめぐって(3) 物語の外側へ

19世紀までの芸術における形式論は、簡単に言ってしまえば、どうやって盛り上げるか。どうやって泣かすかということだ。徐々に感情を盛り上げて、最後に一番大きな盛り上がりを作り、終わる。そこには、「大きな物語」があった。

西洋において、「大きな物語」というのは、聖書の世界につながる。神を中心とした世界、中心というものが存在する世界ということになる。絵画における遠近法は、世界に中心を生じさせ、世界を構成する仕組みを定義してしていた。音楽の世界では、調性が帰るべき場所(解決)として存在し、やはり世界の中心として存在していた。そういったものが、遠近法を使わない絵画や抽象絵画、なかなか解決しないワーグナーの旋律や無調整音楽といった形で、中心をもたなくなってくる。19世紀末から20世紀のはじめに、それまで構成的な世界においてもっていた「中心」、あるいは帰るべき場所、展開と結末というものが、崩壊していく、あるいはなくてもいいじゃないかと思われてくる。それだけでは、時代と自らの持つ問題を表現できなくなってくる。中心を持たない構成という可能性を追求しはじめる。

本当の現実というのは、オープニングがあって、盛り上がりがあって、エンディングがあるというようなものではない。ただ出来事がつながっていくだけだ。世界に満ちている音にも、はじまりや終わりはないし、どんなに美しい景色にも、中心や額縁は存在しない。

現代の人の多くは、常に「生きるか死ぬか」といいながら生きているわけではない。それでも日々、多くのことに悩み、苦しみ、あるいは笑っている。さまざまな出来事があっても、そのなかで繰り返し、起き、食べ、眠る。同じことの繰り返しのように見えても、まったく同じではなく、繰り返しながらも、少しずつ変わりながら、ただ過ぎていく。

芸術は啓蒙でもあったので、わかりやすく、伝わりやすく編集する必要があった。物語という形で、ある意図によって切り取って、構造化する必要があった(神というもの自体、人が現実をどのように見るかということの物語化であったといっていいかもしれない)。現実の問題は、必ずしも物語の形に押し込めて捉えることはできないし、そうするべきでもない。もっと多様な捉え方があっていいはずなのだが、なにかを構成的に作り上げようとするときに、物語的な考え方しかできなくなってしまっていた。その外側にも表現の可能性はあるはずなのに。虚数のように。

大きな物語としての形式を作らないということは、それはそれで簡単ではない。音楽の世界では、調性を感じさせないために12の音を均等の割合で使うなどということにもなってくる。そのなかで生まれてきたのが、ドナルド・ジャッドの美術作品スティーブ・ライヒの音楽など、ミニマリズムと呼ばれる作品だ。これらが出てきたときには、単に強弱が少なく淡々としているというような意味ではなく、作品の構成として、部分と全体との関係を見直すものとして登場してきた(先日の「コルビュジエのスケッチから」につながってくる)。

ミニマリズムの作品は、起承転結的なわかりやすい構成・展開を否定していて、部分の繰り返しと、その組み合わせによって表情が変化していくことで作品が構成されることが多い。フラクタル図形のように、部分と全体が自己相似になっていると説明されることもあった。ただ単に抑制された表現をしているというだけでなく、そこに共通の考え方、構成方法があったからこそ、印象派や表現主義などと同じように、美術と音楽の世界で共通するような美意識として認識されることにもなったのだろう。演劇の世界の『ゴドーを待ちながら』もミニマリズム的な考え方の作品といっていいと思う。

(中心を持たない繰り返し的な構成も、後にアフリカ的なビートによる音楽のように神が宿ってくる、そこにこそ神的なものが生まれてくるということに気づく、というのも不思議なところだ。)

つまり、大きな物語を乗り越える一つの手法としてミニマリズムというものがあったという背景を考えたときに、これまで4回うねうねと考えてきたことを背景として、さて、今デザインの世界で言われている、あまり強い表現をしない、抑えた感じの、さっぱりとした表現のことを「ミニマル・デザイン」と呼ぶということについて、どう思うだろうか。ミニマル・アートやミニマル・ミュージックがもっていた問題意識との違いに愕然としてしまいはしないだろうか。デザインだけが、そんな安易なものであるはずがない。もちろん、言葉というものは、使われ方によって変わっていくものだ。多くの人が使えば、それが正解になっていく。でも、今、デザインの世界で使われている「ミニマル・デザイン」という表現には、どうしても、薄っぺらさを感じてしまう。それが、ぼくがこれまで「ミニマル・デザイン」について語れなかった理由なのだ。

コルビュジエのスケッチから
ミニマリズムをめぐって(1) 利休とポロック
ミニマリズムをめぐって(2) 達磨が作る静かな世界