マイケル・ジャクソンの追悼式を
MTVのサイトで見る。
お祭り騒ぎで、笑顔、笑顔。
日本的な感覚からすると違和感があるが、
それはそれでいいのかもしれない。
ブラックミュージックを
白人などでも聴く音楽にした
最大の功労者といえるのかもしれないが、
自分自身は白人になりたかったというところに、
難しさを感じる。
また、これだけの動画を、
これだけの規模で見せられるようになったのか
という感慨がある。
一方で、少なくとも
サッカーのチャンピオンズリーグの決勝よりは
視聴率は見込めるだろうに、
地上波での放送がないというのも不思議。
時代は確実に動いているということを
実感させられる。
始めまして。
私はリアルタイムの彼のファンでは
ありませんでしたが、彼の作品を見聞きする限り、
彼は最初から最後まで黒人であることを誇りに
思っていると感じましたよ。
あれはどう聞いてもブラックアメリカン
にしか表せないリズムとソウルだと思うのです。
それだけでなく、彼が良いと感じるものは人種の壁を
越えてすべて取り込み、MJというフィルタを通して
生み出したからこそ、世界中の人々の心を捉えた
のではと思っています。
ちなみに、白人へ憧れていたと判断された理由が
肌の色であれば、あれは漂白ではなく自己免疫疾患
のせいですよ。
顔の整形のことをおっしゃっているのであれば、
そう思われても納得なのですが、私が思うには
彼の美への追求の結果ではなかったかと思っています。
美しくありたかったんでしょう。
住人のほとんどがアジア系である日本と違って、
移民国家であるアメリカ人なのですから、理想の美と
するものが自分の人種に一般的な顔とは違っても
不思議ではないと思いますので。
偉そうに長々とすみませんでした。
コメント、ありがとうございます。
1958年生まれのマイケルの子どもの頃は、
アメリカの社会は公民権運動の時代でした。
マイケルの見てきた世界というのは、
ショービジネスの世界だけでなく、
我々の想像を超えるほどの
振り幅があったように思います。
心のなかのことは、想像するしかないのですけど。